社会保険労務士で産業カウンセラーの加賀佳子(@kako_sr)です。障害年金についての生きた情報をブログでお伝えしています。
これまで、障害年金の初診日の重要性や、証明が取れない場合の対応について書いてきましたが、初診日にはもうひとつ、忘れてはならない重要なキーワードがあります。
それは、傷病がいったん良くなり治療を必要としなかった期間が数年間の単位であった場合に対象になるかもしれない「社会的治癒」という考え方。
この社会的治癒、知らないために活用できないとしたら、大きなデメリットとなるかもしれません。ぜひ多くの方に知っておいていただきたいと思います。
社会的治癒とは?
社会的治癒とは、年金や健康保険など社会保険法上の考え方で、次のように定義されています。
傷病が、医学的な意味では治癒したとはいえないが、その症状が消滅して社会復帰が可能となり、かつ、投薬治療を要せず、外見上治癒したと見えるような状態がある程度の期間にわたって継続すること。
障害年金では、傷病が治癒したのちに再発した場合は、再発して初めて医師等の診療を受けた日が初診日と扱われており、社会的治癒も治癒に準じて扱うことと考えられています。
つまり、社会的治癒が認められることにより、初診日が、医学的な意味での初診日より後に変わります。
社会的治癒が認められるために必要な期間は、具体的に何年と決まっているわけではありません。おおむね5年程度が目安といわれていますが、あくまでもひとつの目安であり、実際には傷病の特質、経過、寛解期間の状況などから総合的に判断されることになります。
なお、社会的治癒は、投薬治療を全く必要としていなかった場合だけでなく、維持的・経過観察的な治療が継続していたり、ごく軽度の障害があっても認められる場合があります。
社会的治癒の適用により有利になった事例
具体的にイメージしていただくために、私が委任を受けて請求を代理したケースのうち、掲載許可をいただいた事例を3つ紹介します
*本筋が変わらない程度に若干のデフォルメをしています。
統合失調症の事例
Aさんは20歳前に統合失調症を発症しましたが、受診をかたくなに拒否しており、ようやく受診につながったのが21歳のとき。当時はAさん、ご家族ともに精神的な余裕がなく、国民年金保険料の納付や猶予の手続きをしていませんでした。
しばらく治療したのち統合失調症は寛解して治療終了となり、Aさんは独学で大学を受験して合格。卒業後は家業を手伝ったり、父親の介護をして過ごしていましたが、寛解から約10年後に再発。母親が市役所で相談したところ、初診日に保険料の納付要件を満たしていないため受給できないと言われてしまいました。
Aさんの年金記録を確認すると、再発時点では保険料の納付要件を満たすことができましたので、寛解期間について社会的治癒を主張し、再発した時点を初診として請求しました。
外で働いていたことがなかったため、請求時には、大学の卒業証書や成績証明書などを添付しています。
結果、障害認定日で2級の障害基礎年金を受給できることになりました。
躁うつ病の事例
Bさんは大学4年時に躁うつ病を発症。休学して数か月間治療を受け、寛解となります。大学は1年留年したものの、少しずつ登校できるようになり、無事卒業。私立学校の非常勤講師として1年勤務した後、結婚退職しました。
結婚後はいくつかのアルバイトを経て、正社員として働き始めましたが、職場でのストレスなどからうつ病として再発し、受診にいたります。寛解から約5年後のことでした。その後は慢性的に経過し、仕事もできていません。
Bさんの場合、医学的な初診日は大学生の頃だったため、国民年金の加入期間となり、請求方法は事後重症請求(請求の翌月分からの年金支給)となります。一方、再発時点が初診日と認められれば、厚生年金加入期間となり、障害認定日請求(障害認定日の翌月分からの年金支給)が可能となります。
結果としては、寛解期間の社会的治癒が認められ、2級の障害厚生年金+基礎年金をさかのぼって受け取ることができました。
請求時には、大学の卒業証明書、非常勤講師の任命書類、最後に勤務した会社での健康診断記録などを添付しています。
多発性硬化症の事例
大学卒業後、ある大手企業に就職したCさん。就職して3〜4年目の時期より、特定の条件下で右足にしびれが走ることが何度かあり、念のため大学病院の整形外科を受診しましたが、異常がみつからず、2〜3回の受診で終了となります。その後も右足のしびれを感じることはたまにありましたが、仕事が忙しかったこともあり、受診せずに経過していました。
最初の受診から約12年後、右足が動きにくく歩行時につまづくなどの症状が出始めたため近所の脳神経外科を受診したところ、大学病院の神経内科を紹介され、多発性硬化症と診断されました。症状はゆるやかに進行し、Cさんは今も様々な治療を受けながらお仕事を続けられています。
Cさんの場合、どちらが初診日であっても厚生年金の加入期間にあたります。ですが、順調に昇給されていたCさん、入社してほんの数年の時期と十数年後では、報酬に大きな差があります。当然、受給できる厚生年金額も大きく違ってくると考えられたため、未受診期間について社会的治癒を主張しました。
年金機構の審査では社会的治癒が認められず、最初に整形外科を受診した日が初診日とされましたが、その結果に対して不服申立てをしたところ、二審目の再審査請求で社会的治癒が認められました。
結果として、厚生年金の金額が、年間約30万円上がりました。まだまだ若いCさん。将来に向かっての年金額は、数百万円の単位で変わってくることになります。
Cさんの請求では、勤怠や昇給の状況のわかる給与明細などを添付しています。また、審査請求の段階では医学書なども提出し、様々な主張をしました。
社会的治癒によるメリットまとめ
社会的治癒により初診日が変わる効果として、次のようなケースが考えられます。
- 医学的な初診日では保険料納付要件を満たさないが、社会的治癒後の初診日では保険料納付要件を満たし、障害年金が受給できる(Aさんのケース)。
- 医学的な初診日は国民年金のみに加入していたが、社会的治癒後の初診日は厚生年金加入中の期間にあるため、厚生年金が受給できる(Bさんのケース)。
- 医学的な初診日は20歳前にあるが、社会的治癒後の初診日は20歳後にあるため、所得制限がない。
- 初診日が後ろに変わることにより、障害認定日請求ができることになり、遡及分も受給できる(Bさんのケース)。
- 初診日が後ろに変わることにより、受給できる厚生年金の金額が高くなる(Cさんのケース)。
社会的治癒の留意点
社会的治癒が認められるかどうかを判断するのは、審査をする認定医です。請求する側で「社会的治癒だ」と決めて、医学的な初診日をなかったことにするのはNGです。
請求時に提出する病歴・就労状況等申立書(*)には、医学的な初診日から全て記入する必要があります。その上で、社会的治癒を主張する期間については、治療の必要がなかったことや、通常の社会生活を送っていたことなどがわかるように記入し、できる限り、それを裏付ける資料を添付します。
*病歴・就労状況等申立書はこちら↙からダウンロードできます。
参考 病歴・就労状況等申立書日本年金機構また、年金請求書の「初診日」の欄には、社会的治癒後の初診日を記入して提出します。
なお、社会的治癒は、あくまでも請求する側の救済のための考え方であり、審査する側がこれを持ち出して、不利益な取扱いをすることはできないものとされています。
逆にいえば、審査する側から社会的治癒を持ち出して、有利な認定をしてくれることもありません。あくまでも請求者の側から主張する必要があります。
社会的治癒の考え方を知らなければ、大きなデメリットになっているだけでなく、それに気づかないままということもあり得るのです。
まとめ
社会的治癒に該当するかもしれない!と思った場合は、ぜひ年金事務所などの窓口で詳しく聞いてみて下さい。または社会保険労務士の相談を活用するという手もあります。
社労士 かこ
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